これまで出来なかったことが出来た喜び
今日から自分の気持ちをノートを書き始めた氏子がいらっしゃいます。さっそく「やっとノートが書けました」と御結界に持ってきてくださいました。
これまでずっと書けなかったノートを、今日は書くことが出来た。
これってすごい喜びで、すごい大きなおかげだなあって思います(#^.^#)
「あんなおかげを頂きたい!」「あの人みたいなおかげを頂きたい!」という思いも大切ではありますが、「これまで出来なかったことが出来た」ってことが何よりも凄くって、何よりありがたいおかげだ〜!と佳世先生は思っています(^_-)-☆
開いたノートには氏子の苦しい気持ちが綴られてありました。神様にお届けさせていただき、私もお取次の文章を赤いペンで綴らせていただき、ノートを閉じてお渡しいたしました。
「はい、どうぞ(^^)バックに入れて持ち歩いて、思いついた時にノートを取り出して、自分の気持ちを書くようにしてみてくださいね」
氏子はコクリと頷き、大切そうにノートを受け取ってくださいました。
◯
私が心も体も一番苦しかった頃。自分の気持ちをうまく言葉に出来ず、
「過食嘔吐が苦しい」「体がしんどい」「痛い」「助けて」・・・それくらいしか言葉することができずにいました。
ある日、私の信心の師匠である先生がお取次くださいました。
「佳世さん、ノートに、思いついた事を書いて先生の所へ持ってきてごらん。どんな事でも遠慮せず神様と先生に聴いていただいたらええんやで」
私は先生の仰る通り、ノートに自分の気持ちを書こうとしましたが、なかなか書けなかったのです。
思いついた事を書いてみては、なんか違う!やっぱり違う!と破り捨てる事を繰り返し、「今日も書けませんでした」とお届けさせていただく日々でした。
やっと書くことが出来て、お結界へ持って行ったノートにはこう書いておりました。
「何の価値もない自分をさらけ出すのがとてもこわい。そういう私さえもお見通しの先生はさらにこわい」
私は、自分をさらけ出す事がこわかったのです。さらけ出した瞬間「なんだ、つまらん子だなあ。こんな子だったとは思わなかったわ」と、人からがっかりされて、離れていかれる事がこわかったのです。
私は「先生がこわい」なんて本音を書いてしまい、先生に不快な思いをさせたかもしれない不安で、震える手で返ってきたノートを受け取りました。開いたそこには、先生の字でこう書かれてあったのです。
「聴かせてくれて本当にありがとう。大丈夫よ。先生は絶対にあなたのことを見離したりしないから。あなたの苦しみをほんの少しでも聴かせてもらって、分からせていただけたことが、それが先生はとっても嬉しいです」
私は驚き、ノートを持ったまま顔を上げました。先生は、にっこりと優しい笑顔でこちらを見ながら「大丈夫よ」と仰いました。
私の目からは、涙が流れていました。
お結界は「ありのままを受け止めてくれる」という事を知ったのです。
私は毎日、どこへ行くにもノートを持ち歩き、思いついた時にノートを取り出して自分の気持ちを書くようになりました。
※写真は、私がのんびり日記を綴っている横で、娘が「出来た〜!」と嬉しそうに見せてくれた「お姫様」です(^^)
