自分の人生を生きること

昨年末、LINE相談から繋がった方が、本日無事にお広前にお引き寄せ頂かれました。
神様とのご縁を頂かれ、何よりありがたいことでした。ここから、頂いたご縁を紡がれ、しっかりとご縁を結べるようにと願っております。
私も、その方のたましいの親として、しっかりお育ていただいていきたいです。
さて、みなさんは、自分が選んだ、自分の人生を生きていますでしょうか?
私は過去、心の病である摂食障害に悩み苦しんでいました。学生時代、友達とご飯に行ったり、飲みにいく事さえも、過食嘔吐になったらと思うと怖くて、「過食嘔吐があるせいで何もできない」「過食嘔吐さえなければ!」て自分の人生を恨んでいました。
ある日、「過食嘔吐を治してください」と泣いてばかりの私に、信心の師匠がにっこりと微笑み、このようにお取次くださいまきた。
「佳世さん、過食嘔吐があっても、したいことをしていけたらなあ。うまくいくとか、いかんとか、失敗したらとか考えんと。したいことを恐れずにやっていけたら、人生楽しいやろうなあ」
まさか、私にそんなことができるはずがない!と思いながらも、深く考えるようになりました。
私が本当にしたいことは何なのか。
自分のたましいが喜ぶ生き方はどれなのか。
これから何を願って生きていきたいのか。
そうやって自分の心に寄り添い、自分のたましいの声に耳を傾けるようになりました。
それからも毎日欠かさず、参拝して、お取次を頂き、自分の成長を願い、信心のお稽古をさせていただきました。
お取次を頂くようになって15年の月日が流れた頃、ある日、私の中に一つの願いが浮かび上がってきたのです。私は、過食嘔吐を抱えながらも、自分のしたいこと、つまり「神様の御用をさせてください」と願い始めたのです。
そうやって、自分が選んだ自分の人生を、誰の顔色もうかがわずに願いはじめたその時から、信じられないことに過食嘔吐の症状は少しずつ落ち着いていき、気づいた時には綺麗に無くなっていたのです。
思えば、親や周りの顔色を見ながら、人の人生を生きる生き方が、私を苦しめ、孤独にさせ、結果、過食嘔吐という見える形になってあらわれていたのです。
今がどれだけ苦しくても、信心すれば必ず助かりの道が見えてきます。信心とは、参拝して、お取次を頂き、頂いたお取次を大切に過ごしていくことです。
幸せになるために生まれてきた私たちです。佳世先生と一緒に、ここからも信心のお稽古をさせて頂き、今よりもっともっと幸せに生きてまいりましょう(^-^)