ゴミ拾いが大好きな娘

よくこんな質問を頂きます。
「佳世先生、神様って本当にいるんですか?」
私はいつも思わず、ふふふ(o^^o)と笑顔になります。大切なことに気づかれ、考え、疑問に思い、質問をくれたんだなあって嬉しくなるのです。
さて、昨日は三歳と一歳の娘と公園に行ってきました。娘は公園に行くまでの道路や公園に落ちているゴミを見つけると、
「あ〜!ゴミが落ちてる〜!」と拾ってきます。私が気づかないゴミにもよく気が付いて教えてくれます。
そして娘は拾ったゴミを、いつも持参しているゴミ袋に入れて持って帰って、ちゃあんとゴミ箱に捨てているのであります♪
当たり前のことを、当たり前のこととして、行動している娘は、「幸せになる生き方」を自然と身につけているんだなあって、心から関心しております。
さっきの質問ですが
「佳世先生、神様って本当にいるんですか?」
はい(^_-)-☆いらっしゃいますよ!見えないよ〜って方は外に出てみてください。実は、この天地こそが、神様のお体なんです。空も、空気も、この公園の地面だって、神様のお体そのものです。
ということは…私たちは神様のお体の中で生活していて、24時間神様にお世話になっていて、神様のおかげで息ができ、食物をいただけて、生きることができているってこと。神様がいないと、生きていくこともできないって思っています。
「いやいや、神様なんていない!」
っていう方は、それでも全然いいって思っています(^^)いるか、いないかとかは、言葉の表現の違いもあると思っていますし、どちらでもいいって思っています。
ただ、私たちは、この天地の中で生きているってことは事実ですよね(^_-)-☆
この天地の大いなるお働きによって、私たちは生きていられるってことだけは、忘れないでいてほしいって思っています。
だって忘れてしまうと、だんだんと心がしんどくなり、感謝の気持ちも薄くなっていき、不満ばかりが心の中を占めてしまい、心の中が真っ黒になって、ついには心を壊してしまうから、忘れるってこわいことだなあって思います。
公園にはたくさんのゴミが落ちていました。とっても嬉しそうに走ってゴミを拾ってくる娘に私は、
「神様に、今日もお世話になって生きていることに、お礼を申し上げながら拾うんだよ〜(o^^o)」
と伝えています。
今がどれだけ不幸であっても、幸せになる生き方に気づき、お稽古をしていけば、誰もが必ず幸せになれるんです。
そんな幸せになる生き方の一つが、神様にお礼を申し上げながら過ごすってことなのです(^_-)-☆